あなたと痛車の10年 – りりあ様

婚約者と一緒に参加した静岡痛車天国2023

りりあ様 / 痛車歴 約8年

痛車を始めたきっかけは「あまり周りがやっていないこと」をやってみたいと思ったことでした。20歳になった頃、初めて自分で購入した大好きになった新車を、納車約2ヶ月ほどでカッティングを施工しました。友人がカッティングの機械を持っていたのでお願いし、当時(今もですが)好きだったラブライブ!サンシャイン!!を貼りました。施工は業者にお願いせず、友人にカッティング施工時の注意点を聞きながら一緒に貼ってもらい、初めての痛車となりました。

施工してある程度期間が経ってからのお話です。仕事が終わって自宅に帰宅すると、ワイパーに何かの紙が挟まっているのに気が付きました。痛車イベントの告知の紙だったんです。

初めてのイベントの印象は「カラーでフルラッピングで施工されている車」や「車作りがある程度格好よくできている車」じゃないと出ると笑われると思っていたので、参加するつもりはありませんでした。でも、いずれラッピングはしたい。そのためには他の痛車をやっている方と交流して印刷会社を探さなければと思い、思い切って問い合わせフォームへ連絡しました。返答は「何を貼っていても痛車は痛車です。ぜひ参加をご検討いただければと思います」というものでした。

自分で決断もできず、とりあえずお父さんに相談すると「出たらええやん!そんな機会めったにないで!」と背中を押してくれました。「でも1人で行くのは怖い」と言ったら「わしが着いていったる」と言ってくれて、そのイベントは親子で参加しました。

そのイベントで最後にじゃんけん大会があったのですが、優勝景品が1面分のラッピング施工だったんです。「これは勝つしかない」と思い参加……優勝しました!!

そこからボンネットラッピングを施工していただき、今の自分があります。ラブライブはずっと変えず、推しのキャラクターも変えずに貼り続けています。初めての全面施工に関しては、業者に劣る面はかなり多いですが、印刷以外に関しては全て「デザインを考える、車に貼る」を自分でできるようになりました。どんなに周りに馬鹿にされようとも、どんな意見を言われようと、この8年でゆっくりながらでも進化したと自分は思っていますし、エピソードは人それぞれです。

2度目のイベント参加となる舞鶴痛車天国にも一緒に家族で参加してくれた父には、本当に感謝しかありません。ありがたいことに、つながりもたくさん増え、他の痛車乗りの方と交流する機会もたくさんありました。本当にいい思い出です。

その後は仕事の事情で実家から300km以上離れた静岡へ5年前に移住しました。たまたま同じ市でお店の駐車場に止まっているラブライブ痛車を目撃し、その後Xでつながり、交流後にその方とお付き合いすることになり、今では婚約者となって結婚の予定もできました。婚約者に限らず、今関わってくれている方は、ラブライブというコンテンツもそうですが、痛車が繋げてくれた奇跡なのかなと思っています。

今はパートで働いているので予算の都合上、車いじりもラッピング全面施工もかなりゆっくりですが、進化はしているのではないかなと自分では思っています。