あなたと痛車の10年 – 黒なな様

作品の20周年を祝うために、13年前と同じ貼り方で……あの頃と同じ型のクルマで、13年を飛び越えて今に

黒なな様 / 痛車歴17年

別に大きく目立つようなことをしたわけでもないので、日常としての痛車と痛車を取り巻く人との思い出を書きたいと思います。

10年で区切ると、ちょうど社会人として歩み出したタイミングであり、それまでと少しだけ人間関係が変わっていったタイミングでもありました。私は非常に人とタイミングに恵まれていました。

今ではレジェンドと言われている……半分以上隠居されていますが……Y氏と出会ったのが最初でした。まだエスティマに乗られていた頃です。レンタルビデオを返しに自転車を飛ばしていたら、コンビニに入る彼を見かけたのです。たまらずナンパしに行きました。まだ18の若造で、一回り以上年上の方に話しかけるのは怖くて仕方なかったのですが……。

そこから、色々な方に良くしていただきました。所属した京都痛車組合の面々からマスコットのように可愛がられ、何かあるたびに連れ出してもらい…県外の集まりでも、Y氏、I氏をはじめ年長の方に紹介していただいたおかげで、本当にどこでも相手をしていただけて楽しく、ちょっと美味しい思いをさせてもらっていたのです。

そんな学生時代が終わり、ちょうど社会人として踏み出したのが11年前。働き出すと、休みの都合であまり会う機会、集まる機会も減っていき……今ではもう年単位で会っていない方ばかりになってしまいました。

そして、自分が可愛がられる若者の立場から、若者を迎え入れる立場へ……。遊ぶ人、場所がそれぞれ変わり、時は流れるものだと痛感します。それでも、たまに会えば時を忘れたように、あの頃を昨日のように話せる諸先輩の優しさ、人となり、生き方が、今の自分を作ってくれた大事な心の支えになっています。

そして、肝心の痛車……こちらがまあ、あの頃から一切進歩していません。始めたあの頃、まだまだカラープリンターシートはべらぼうに高く、学生には手が出ませんでした。見様見真似で覚えたカッティングでステッカーを貼り…これが意外と苦手ではなく、当時は何台かの車にステッカーを作らせてもらいました。

そして、カラープリンターシートが一般的になり、フルラップも当たり前になり……イベントも様変わりしていく中、皆がそれぞれ進化していく中、今だに同じところをぐるぐると回っています。

いや、でもいいんです。今だに飽きていない。ずっと同じようなことをして、あと10年先もこのままやっているのでしょう。そして、会えばまたあの若い頃を語り合うのです。