あなたと痛車の10年 – といクん様

憧れた車体の今と昔

といクン様 / 痛車歴 7年

痛車との出会いと憧れの個体継承

元々スーパーGTが好きで、GT300のグッドスマイルレーシングを応援していたので痛車に興味はあったものの、自分では乗ることはないと思っていました。高校を卒業して専門学校へ進学するために上京し、初めて参加した痛車イベントが2016年の茂原de痛車でした。初めて間近で痛車やサーキット走行を見て「カッコイイ、こういう感じなら自分もやってみたいな」と思いました。

その後、初マイカーとして111スプリンタートレノ(以下トレノ)を購入し、その繋がりで当時111カローラレビン(以下レビン)で艦これの電痛車をしていたJ氏という方と出会いました。J氏のレビンを見た時は衝撃でした。111でカスタムもデザインもこだわり抜いており、「こんなにもカッコイイ車両が存在したのか!」と感動しました。

J氏との出会いをきっかけに艦これ痛車オーナーの方々と知り合い、自分も艦これ痛車をしたいと思うようになりました。いつか自分もJ氏のような痛車を作りたいという一心で、翌年に手切りカッティングでトレノを痛車化しました。そこから社会人になるまでトレノからレビンに乗り継ぎ、通算で3仕様の艦これ痛車を制作しました。

社会人になった後、うつ病を患った私は一時的に実家に戻ることになりました。そのタイミングで乗っていたレビンが故障し、別の車種に乗り換えるか迷っていた時、J氏から連絡がありました。「久しぶり。電号、今車検切れちゃってるんだけど、公道復帰させる気があるなら電号を譲ってあげるよ」と。

私にとってJ氏のレビンは憧れの存在でした。またあのレビンを公道で走らせられるなら、と人生で初めて自分で車検取得、公認車検を行い公道復帰させました。まさか初めて憧れた個体そのもののオーナーに自分がなるとは思っていませんでした。

次は自分がこの個体で、あの頃のレビンよりもカッコイイ痛車を作る。この個体で1番になる。そんな目標を掲げて痛車ライフを送っています。